インド料理を学ぶ、ことにした。その1

 多少は知っているつもりだったのである。そして、多分それなりの料理にはなっていて、それなりにはうまかったのである。「知っているつもりだった」というその知識は、お手軽な料理本に載っていたレシピであったり、料理エッセイのなかに出てくるエピソードであったり、そしてじぶんが現地で食べたときのぼんやりした味の記憶であったり、そういう雑多な出所から集まった脈絡のないものが、適当に合わさってできたものであった。

 インド料理。カレーだ。そんないい加減な知識をもとに試行錯誤しながらつくり始めたのが二〇代の後半だった。いっときは半年ほど毎日つくり続けた。ほとんど鶏のひき肉カレー、近所のスーパーで地鶏のひき肉が安く手に入ったのである。スパイスを買い揃え、チャパティも焼いてみたし、人を呼んでカレーパーティーをしたこともある。木造アパート四畳半の部屋に入れ替わり立ち替わり、半日で三十人くらい来た。

 いつの頃からか「オレはインド料理がつくれる」と思うようになっていたし「つくるのは和洋印中です」などと半分受けねらい、ちょっと自慢げに口にしたりもした。もう日本式のカレーライスは食べなくなっていた。特にあのインスタントのルーというものが我慢ならなかった。

 だが、オレは知らなかった。じぶんが「ほとんど何も知ってはいない」ということを。じぶんのつくっていた料理が「強いて言えばインド料理のようなもの」に過ぎないということを。そして、それからおよそ三〇年後にそれを知ることになる、その運命を。

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